「音楽は、頭で聴くものではなく、耳で聴くものだ」
フルトベングラーは、こう言ったそうだ。
「当たり前、耳で聴いているんだ。何言っているんだ」
と普通は思う。彼は20世紀半ば過ぎまで活躍した大指揮者だ。
その当時の聴衆も、往々にして曲の解説を見てしまいがちであって
そこで頭でイメージし、その曲を聴いていることにたいして
発した警鐘だろう。
はたして自分はどうだったろうか、レコード雑誌の批評やら、
音楽誌の、曲解説など読んでから聴いた曲は確かにある。
それとまるっきり情報なくして聴いた曲。
強烈に印象に残っているのは、確かに後の方で
今でもその感動は、忘れない、中学の時の音楽の授業で聴いた
ビゼー・
ベートーベン・モーッアルト、高校の時も情報なしで
聴いた曲・中には自分の好みの物でない物もあったが・・・
大学生の時に聴いた、ブルックナーの7番・N響・サバリッシュ指揮
には、その曲自体の大きさ美しさに圧倒されてしまった。それ以来
自分はマーラーよりもブルックナー派。
それと、
ヴェルディの
レクイエム。これはバーンスタイン・
ロンドン響
怒りの日の
パーカッション・涙の日のこれほどまでに悲しみに
打ちひしがれる想いはない。
など前情報なしに、頭で聴くことなしに純粋に曲を聴けて
感動した思いはなかった。
それは、作曲家が初めて作品を演奏した時に
自分も居合わす事が出来たのと同じではないだろうか。
そしてその曲を自分なりに、(ひとの評価など関係なく)
評価したり、気に入らなかったり出来る喜びを
当時の聴衆と享受できたんではないだろうか。
そんな事をフルトベングラー氏の言葉から思いをめぐらしました。
又それは、映画に関しても・食事に対しても言えることではないかと
思い始めたのです。
情報過多の時代、この映画はこうだああだと、前評判・解説
又ここのラーメンはとんこつベースで、今人気のお店。
洋食はあそこの何某・特集味のいい店・安くて美味しい!
とか色々テレビでも紹介しています。
頭で映画を観る・頭で食べるではなく、自分の目で実際観る・口で食べる
参考にはなるだろうけど、人の感想・味加減ほどいい加減なものはない。
好みはあるし、踊らされない賢さが今ほど必要な時代はないと思う。
posted by キュイジニエ at 23:27| 神奈川

|
Comment(4)
|
TrackBack(0)
|
音楽
|

|